此神憑り百首は長澤翁が審神者、相州雨降山麓大山神社武栄太夫宮司が神主を務められ昭和元年より昭和四年迄の間に神憑りして得られた神歌であり、昭和九年春に武氏が発刊したものであります。(「顕神本田霊学幽斎記録篇」佐藤卿彦述)

神懸百首より
審神者長沢雄楯翁。 神主武栄太夫(大山神社官司)
(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)
三 霊術を 修めむ人は 日々つもる こゝろのちりを まつ払へかし
日々つもる=魂の穢が不如々々の中に積重なる。 心の塵=魂の穢れ。
かし=念を押し意味を強める。
解、霊術(鎮魂法)を研修する人は、毎日知らず知らずに積もる心の穢れを先づ払い なさい。この心の穢れの蓄積は、不知々々の裡に言葉の上、或は行動の上に於い て、罪穢を積んで居る事で有る。例に言うと、谷間の一滴が次第に集まり泉となり、此の泉が流れて川となり、この川が次第に水嵩を増して大河となって海へそそぐ様に、いつしか、不知々々の裡に大きな罪となって居るかも知れない。
神の、いとも、忌み嫌われる罪穢れを祓う為には、古代より身滌の祓いなり、大祓いなりを行なって、心身を浄めて取除く方法が執られて居る。