本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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F 古事記上巻
『故れここに天照大御神見畏みて、天の石屋戸を開きてさし籠りましき(中略)。
天宇受売命、天の香山の天之日影を手次に繋けて、天之真折を鬘として、天香山の小竹葉を手草に結ひて、天之石屋戸に槽伏せて、踏み轟こし、神懸りして、胸乳をかき出で裳緒を陰に押し垂れき。ここに高天原動みて、八百万神共にわらひき。 』(小学館日本書紀)
これは天鈿女命の「神による槽伏せて(受霊)と神懸(帰神)」。
天津神である天鈿女命が如何なる神を受霊し、帰神を行ったかは明示されていない。
『それで天照大御神は見て恐れ、天の石屋の戸を開き、なかにおこもりになられた。(中略)。
天宇受売命が天の香山の日陰蔓を襷にかけ、真析蔓を髪飾りにして、天の香山の笹の葉を採物に束ねて手に持ち、天の石屋の戸の前に桶を伏せて踏み鳴らし、神がかりして胸の乳を露出させ、裳の紐を女陰までおし垂らした。すると、高天原が鳴り響くほどに数多の神々がどっと笑った。』(小学館日本書紀)