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大和心

第923回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-23(1/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2025-07-04

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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J 古事記 崇神天皇

『この天皇の御世に、役病多に起こりて、人民死にて盡きむとしき。ここに天皇愁ひ歎きたまひて神牀に坐しし夜、大物主大神御夢に顕はれて曰りたまひしく、「こは我が御心ぞ。故、意富多多泥古をもちて 我が御前を祭らしめたまはば 紳の氣起こらず、國安らかに平らぎなむ。」とのりたまひき。ここをもちて驛使を四方に班ちて、意富多多泥古と謂ふ人を求めたまひし時、河内の美努村にその人を見得て貢進りき。ここに天皇「汝は誰が子ぞ。」と問ひたまへば、答へて曰ししく、「僕は大物主大神、陶津耳命の女、活玉依毘賣を娶して生める子、名は櫛御方命の子、飯肩巣見命の子、建甕槌命の子、僕意富多多泥古ぞ。」と曰しき。ここに天皇大く歓びて詔りたまひしく、「天の下平らぎ、人民榮えなむ。」とのりたまひて、すなはち意富多多泥古命をもちて神主として、御諸山に意富美和の大神の前を拝き祭りたまひき。また伊迦賀色許男命に仰せて、天の八十平瓮を作り、天神地祗の社を定め奉りたまひき。また宇陀の墨坂神に赤色の楯矛を祭り、また坂の御尾の神また河の瀬の神に、悉に遺し忘るること無く幣吊を奉りたまひき。これによりて役の氣悉に息みて、國家安らかに平らぎき。』(小学館日本書紀)

これは崇神天皇の「神夢による神感法」。神懸かりし神は大物主大神。