本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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『石が授かったら塩水或いは塩湯で清め、祓祝詞を奏し、祓いを行なって』
塩気を取るため最後に水で洗わなければならない。次に、顕斎ではないので、祓祝詞の奏上は必要ない。幽の祓いは当然行うが、彼は知らないのだろうか。
『天宇受売神の御霊が鎮まるように真心込めて神界に祈念し』
心の持ち方としては正しいが、ただ祈念するだけでは実現しない。先ず天宇受賣大神に通ずる必要がある。祈念だけして懸命に神気を鎮めようとしても、それが偽神であったら大変なことになる。鎮魂石を作る者が審神者でなければならない理由はここにある。
次に「神気を鎮め」とあるが、この部分が最も難しい。
通常の他感法の転霊とは全く異なる方法(原理)になるからだ。故に審神者になれたからといっても、鎮魂石への鎮祭方法を伝授されなければ、石に天宇受賣大神を鎮めることは出来ない。この方法は御神体つまり御霊璽を作る時も同じなので、「鎮魂石を作れなければ、御霊璽も作れない」ということになる。