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大和心

第996回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-70

著者:小山一夫 / 公開日:2025-09-10

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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古代のインドや中国、そして日本の考え方は、宇宙や大自然とは神そのものであり、人間もまたその一部だということだ。だから同一化(梵我一如)という発想が生まれたのだろう。

「世界創造の関心は、誰がこの世を作ったのかという疑問と、何によってこの世は出来ているかという疑問を内容としている。前者は創造主を問い、後者は宇宙の根本原質を問う。(前者は/中略)ヘブライの唯一神の信仰はその極点である。逆に(後者は/中略)、これは自然の探求として、宗教を離れた科学の方向に徹底してくる。ギリシャ哲学からの近代科学の発展はその系譜を示す。」(「自我と無我」中村元編)

「(スリシティとは)あるものが自己の内部からその一部を外に出すということである。したがって、厳密な意味では、造るとか、創るという訳はあたらない。そこには、現われ出るものと、元のものとが同一質であるという観念が働いていた。(中略)スリシティ式創造観は、この意味で、ヘブライ的な創造観と際立って対立する、インド思想の特徴を示すものと思われる。そして、ウパニシャッドにおけるブラフマン=アートマンはこのスリシティ式創造観の帰結として完成された最高原理の姿であった。」(「自我と無我」中村元編)