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大和心

第1030回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-92

著者:小山一夫 / 公開日:2025-10-13

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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③『感覚を蕩尽し意念を断滅するのが一の条目であるが、是も到底肉体の生命の在る限りは、感覚を蕩尽し、意念を断滅する事は無理である。否な不可能である。大本の霊学は決つして感覚を蕩尽したり、意識を断滅せしめたり、左様な妖術的な事は神界が許さぬ。大死一番の境とか良く云ふ事であるが、意志の薄弱な人で、無智蒙昧でなければソンナ状態に為る事は出来ぬ。人格を失つたもので無ければ、到底実験上本田先生や、長沢先生の行り方は駄目である。中には特殊の人に右の様な状態の現はれる事は在つても、一般的には行かぬ。或る特殊の人物に限つて出来る神術なら、是を社会へ布衍する資格の無いものであると思ふ。』(「大本史料集成」)

出口氏は、『肉体の生命の在る限りは、感覚を蕩尽し、意念を断滅する事は無理』で『不可能』だというが、そんなことはない。初めから出来ないものと思い込んでいたら、可能性すら否定することになる。出口氏は本田翁や長沢翁についても『意志の薄弱な人で、無智蒙昧』とか、『人格を失っている』だと言うのだろうか。恐らくは『特殊の人物』の部類に含めるのだろうが、そもそも神界の許可がなければ霊肉分離は出来ないので、その意味では本田霊学で大成する人達は皆出口氏の言う『特殊の人物』なのかもしれないが。

それと「到底実験上」というが、出口氏を始め信徒達も一人として本田霊学の鎮魂法に取り組んでいない。だから「実験」など出来ないはずだ。やりもせずにダメと決めつけられては、こちらとしても不大変遺憾である。

この『感覚を蕩尽し意念を断滅すべし』について、大久保藤男翁もずっと「難しい」と言っておられた。翁曰く「出来る時と出来ない時がある」と。佐藤先生は「霊肉分離」は「一度きちんと出来れば、いつでも出来るようになる」と仰っておられたが、再現性というか、それが難しいという話だった。確かに筆者も両手で数えられる程度の回数しかできていない。それ故、筆者もかねてから頭を悩ましているところだ。ただ「難しい」と「不可能」では意味が違う。