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大和心

第1037回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-97

著者:小山一夫 / 公開日:2025-10-20

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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『一般的には行かぬ。或る特殊の人物に限つて出来る神術なら、是を社会へ布衍する資格の無いものである』。『大聖人か君子にして、始めて出来る事であって、普通一般の人にはダメであり、不可能である。』(「大本史料集成」)

結局は、これが出口氏の主張の核心部分になる。

布衍(ふえん)とは、辞書を見ると、意味・趣旨をおし広げて説明することとある。

本田霊学を社会に広めてゆくことが可能かどうかという点で、出口氏は本田翁の法術を否定している。もしそれを可とすれば、宗教か社会運動になるわけだが、本田霊学ではそもそも多人数を指導することはできない。鎮魂石ひとつ作るにも、授ける人によってカスタマイズするなど大変な労力を必要とするのだから。

筆者と斎藤氏は同じ日に鎮魂石を頂いた。初めて佐藤先生にお会いしてから半年後のことだった。その時、先輩諸氏が「先生、早過ぎます」と言ったところ、先生は「私の判断です」と言われた。やや緊張した空気になったので、斎藤氏共々恐縮した記憶がある。

その後、先生が斎藤氏に鎮魂石を渡された際、「あっ、これは小山さんのですね」と言いながら、手に取られた鎮魂石の木箱を取り換えられた。箱に名前等何も書かれていなかったが、先生は手にされた瞬間に直ぐにわかったようだ。

つまり人によって鎮魂石がカスタマイズされているということだ。これは御霊璽も同様である。従って、寺社のお札やお守りのように大量生産して配布するというわけにはゆかない。

従って鎮魂法を「社会へ布衍する」ことなど不可能だ。帰神術にしても一人一人個別に審神者を行う。大勢に対して同時に転霊することなどありえない。神主ひとり一人について神界の許可を得、その人に必要な祓いや転霊をカスタマイズするからだ。つまり本田霊学は、いわゆる宗教団体には技術的にも向かないということだ。