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大和心

第1039回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-99

著者:小山一夫 / 公開日:2025-10-22

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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大本の公式サイトには次のように書かれている。

『大本の草創期には「鎮魂帰神」と呼ばれる「鎮魂の法」が盛んに行われていましたが、正しい審神者(※注1)がいなければ、修行者の憑霊が発動し、かえってその人の霊魂を汚してしまうおそれがあったため、大正9年、出口王仁三郎聖師はこの方法を禁じ、以来、大本では「鎮魂帰神」は行なっておりません。

ただし、出口王仁三郎聖師はすべての鎮魂法を禁じたわけではなく鎮魂法の中でも「幽祭」、すなわち霊をもって霊に対する方法については積極的に行うようにとすすめています。

この鎮魂法は「鎮魂帰神」とは全く違うもので、「自修・鎮魂」といわれるものです。大本祝詞の「感謝祈願詞(みやびのことば)」にある「鎮魂帰神(みたましずめ)の神術(みわざ)」とは、今日ではこの方法を指すものと考えられます。

現在、主に行われている「自修・鎮魂」方法は、次のとおりです。

宣伝歌(※注3)を奉唱(あるいは八雲琴が奏じられる)なか、修業者は鎮魂の姿勢をとり、四散している自分の霊魂を臍下丹田にしずめる(「大道場修行」(※注2)で講話をはじめる前に行われる)。先達者が「神文(しんもん)」(『霊界物語』第五十四巻 付録)を唱読し、修業者は鎮魂の姿勢をとり、四散している自分の霊魂を臍下丹田にしずめる。単に瞑目静座して行う。(中略)

こうした鎮魂法は決して特別なものではありません。日常生活において心がけしだいで誰でもできるものです。注意すべきことは、この鎮魂法は、霊的現象を体験するためでも、奇跡的な霊験を求めるものでもありません。雑念にわずらわされていたり、散漫になっていたりする精神を鎮めて臍下丹田に自身の精神、魂を集中し、集中力を高めるための具体的方法の一つです。』

つまり鎮魂石を必要としない、帰神術は行わない、ということだ。これでは本田霊学とは、全くの別物だと言えよう。ただ過去の経験から多くを学び、宗教として洗練されてきた大本は、「社会へ布衍する」という出口氏の理想に近いものになったのかもしれない。