本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

************************
『第五編 帰神術の古典に見える実証
第一章 古事記に見ゆる実例
一 古事記上巻 (巻末F参照)
故れ是に天照大御神見畏みて、天石屋戸を閇てて、さしこもりましましき(中略)。
天宇受売命、天香山の天之日影を手次に繋けて、天之真折を鬘と為て、天香山の小竹葉を手草に結いて、天之石屋戸に汗気伏せて、踏みとどろこし、神懸為て胸乳を掛き出で、裳緒を番登に忍垂れき。かれ高天原動りて、八百万神共に咲ひき。』(「顕神本田霊学法典」)
『それで天照大御神は見て恐れ、天の石屋の戸を開き、なかにおこもりになられた。(中略)。
天宇受売命が天の香山の日陰蔓を襷にかけ、真析蔓を髪飾りにして、天の香山の笹の葉を採物に束ねて手に持ち、天の石屋の戸の前に桶を伏せて踏み鳴らし、神がかりして胸の乳を露出させ、裳の紐を女陰までおし垂らした。すると、高天原が鳴り響くほどに数多の神々がどっと笑った。』(「小学館 古事記」)
これは天鈿女命の「神による槽伏せ(受霊)と神懸(帰神)」。
天津神である天鈿女命(『日本書紀』)が如何なる神を受霊し、帰神を行ったかは明示されていない。ただ神もまた神懸するという神理は注目に値する。