本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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ところで渡辺勝義氏は、
「天照大御神の石戸隠れの原因は、大神の御魂が遊離したからではなく、記紀にもそうした記載は見られない。また、魂の遊離のために大神が衰弱したとか、死んだというような記載はなく、そうした状況とは思われない。(中略)
即ち、天照大御神の御出ましを八百万神が一堂に会して真剣に願う総意志、その結集した八百万神のミタマを天宇受売命が天照大御神のミタマとの間に介在し、代表してむすび合わせ交流を計ったのであり、ミタマとミタマの交渉・交流が行われたが故に、天照大御神は八百万神の総意志、つまり結集したまごころをきこしめし給うたのであり、大神の御出ましとなったのである。』(「古神道の秘儀」)という。
彼は記紀に記載があれば、「魂の遊離のために大神が衰弱したとか、死んだ」という状況を認めるのだろうか。また、神を擬人化したお伽話の様な主張をされているが、本田霊学の立場からはとても受け入れ難い。
天照大御神が天石窟戸に御隠れになられたとは、神の働きが弱まったということ。太陽の働きは常に一定ではない。太陽系の歴史を顧みればすぐにわかる話。本田翁の学則を読み返すべきだ。