本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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岩笛は琴師が使う琴の代わりになるものだが、単なる楽器として使用されるものではない。審神者は、息を吸いながら御神霊の御降臨を願い(「霊を引く」という)、上半身に神気を満たし、息を吐くと共に転霊を行うか、或いは、祓いを行う。それは神主の霊的な状態によって異なる。つまり、審神者は印を組んだ時も、叉手の時も、そして岩笛を吹く時も、転霊を行っているわけだ。
「審神者は帰神印は組まない。鎮魂印と同様な組み方」というのは、鎮魂の原理で自らの分魂を神界に至らしめるわけだから当然だといえよう。
この帰神印だが、神主の霊魂が穢れている間は、まだ転霊を行わないので、神主には鎮魂印と同じ印を組んでもらう。祓いの段階を終えて、転霊レベルに移ってから、神主は帰神印を組むことになる。