本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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もっとも転霊の際に、御降臨になる御神霊の正邪は勿論、高等・中等・普通のいずれか、そして上・中・下の品位は直ぐにわかるものである。これは審神者でなくとも、同じ部屋に同席するだけでも、ある程度のレベルになれば正しい判断ができるだろう。
筆者も審神者になる随分前、来宮神社の頃から、神主のレベルによって御降臨される御神霊の違いを感じることができた。たとえば大久保藤男翁が神主の時、同室しているだけで、自分が神憑りしてしまうほどの凄い神気だった。全身がパンパンに膨張し、呼吸ができなくなってくるような凄まじさだった。それが大久保翁が体を切られると、一気に楽になる。あたかも自分が神主となって転霊を受けているような感じになるのだ。
そして佐藤先生との問答が始まると、たとえば御懸かりの御神霊から、眷属界、高等眷属、〇〇命などとお答えがあるので、あの神気の雰囲気は眷属界の高等眷属なのか等、毎回体験することができる。
また逆にどこかの怪しげな行者が来た時は、正邪の違いとか、妖魅界の雰囲気が体感できる。そのような様々な経験を積むことによって、審神者に必要な能力が徐々に育成されてゆくわけだ。
つまり優れた神主が稽古を受ける場に同席することで、正邪、品位、職掌の違い等が体感でき、それを一つの霊的な物差しにして、他を判定することが徐々にできるようになる。
これを経験しないと、自分のレベルを客観的に判断することもできないので、所謂天狗になってしまう。