本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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整理すると、穏やかで明るい光に包まれると共に、神気の充実、岩笛が遠くから聞こえてくる感覚が揃う事が、帰神術における神主側の要件であり、言い換えれば、体を切れる状態になったという事。その後、審神者の質問の声が「やや遠くから聞こえる」ことでも、「俯瞰」の確認ができる。
つまり「俯瞰ができている」とは、鎮魂力による分魂ができている事に他ならず、それは「吾が霊魂が天御中主大神の御許へ至れた」という事なのだ。その結果、神主は真に「体を切る」ことができる。
ところで、神気の充実なく自意識で体を切ろうとすると、殆どの場合、座ったまま前に飛び出てくる。やったことがないのでよくわからないが、膝を支点にし、反動をつけて飛ぼうとするからだろう。だから上に上がらずに前に飛び出すことになる。いずれにせよ、それでは何年やっても進歩できないだろう。