⑴ 長沢翁御奉仕の月見里神社に筆者が訪ずれた或る一日の事である。翁は相も変らず玄関横の六畳の隅にある小さな机の前で読書されて居られた。翁は晩年大分耳が遠くなり、三回程呼ばないと気が付かれなかった。此の日もその如くであった。翁は筆者の顔を見られると「佐藤さん」と呼んで膝を交互に進ませた(これも翁の癖と云うか特徴で、話がハズムとよく行はれた)。「佐藤さん。本田は神界が百八十一階級あると説いていますが百八十二階になりました」と斯う云はれた。此の話し方も翁の特徴の一つで、いきなり問題の発頭(急所)を大きくポッカリと敲(う)ちつけるのが何日(いつ)もの例なのである。それも頗る真面目な顔をして申されるので、入門当初は何回か驚いたものであったが、以後はすつかり慣れてしまい、余り驚かない様になった。それでも問題如何によっては内容がいつも何かの重要な教示を垂れる故に、心中では絶えず緊張して聞いて居たものである。翁は話を続けて曰く、「四国の人で○○さん(婦人で名前は失念)が先頃入門しました。少しく怪しい(迷信的の意味ととった)もので、此処で短期間修業して国へ帰り神懸りを行った処、私(翁はワシと言はれたり、ワタシとも云はれた)が懸ったそうであります。そして種々と物語などをしたとの事、本田は人間の生霊が人に懸ると云うことは教の中には指導して居なかったので、本田の云った階級より、今一階級増した事になりました」。と斯う話された。此処で「ああそうですか」と云っただけでは話がそのまま終って了うので、無口な翁から其の後の“何か”を聞き出さなければならない。其処で筆者は「先生程の霊覚者で有られたら、斯の様な事があっても不思議ではないと思はれますが」、と言葉を挿んだ。之れに対して翁は更に曰く、「いやそうでは有りません。此の者の行った神懸りは正式なものでなく、第一に側らに確とした審神者が居ないで執行した為、邪霊にヤラレた所業(しわざ)であります。本人は、正常なものと思っては居るでありませうが、実際は全く違うもので、短期間霊術を学んだ処で何が出来ませうか」と諄々と説かれ審神者の重要性、霊学の本質等の教えを受けたものである。』(「顕神本田霊学法典」)