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大和心

第1211回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-218

著者:小山一夫 / 公開日:2026-04-07

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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これらは出口氏が長沢翁に会う前のことだが、後の大本流の鎮魂帰神法とは異なり、出口氏と神主は一対一で対峙している。しかしながらその後が問題だ。

本来であれば、神主の霊魂の穢れがある程度祓われるまで、しばらくの間、審神者は祓いだけで転霊は行わない。なぜなら神界に対し失礼にあたるからだ。転霊していないのに憑霊が起こる場合は、ほぼ間違いなく妖魅霊だと思っていいだろう。何度か正神界の帰神を見ている人ならば、たとえ審神者でなくとも、収拾のつかない状況をみれば正邪の判別は難しくはないはずだ。

もし審神者として独り立ちできるレベルにあれば神主の祓いを先行するので、神主の状況にもよるが、「邪神界と勘合することが多い」、「十中八、九まで妖魅が憑かる」という事態にはないだろう。つまり出口氏は幽斎の法を知らず、審神者を行うに必要な知識や能力がなかったということだ。

『総て神主なるものは、初めて口を切る時には、十中八、九まで妖魅が憑かるものである』

とあるが、正しく指導していれば通常そのような事はない。類は友を呼ぶというか、妖魅が妖魅を呼んでしまうのだろう。全ては出口氏が本田霊学の審神者でないことに起因するものと思う。

明治31年、月見里神社に附属する稲荷講社総本部の役員三矢喜右衛門が出口氏を訪ねてきた。曰く『和歌山まで、貴下が幽斎を開始なされてござると云う事が伝わりましたので、拙者の職分として聞き流す訳には参らず、四十余里の行程を、はるばる推参致しました』と。

彼の希望もあり、静岡へ赴くことになるが、出口氏には解決すべき懸案があった。