本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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浅野氏は、恩人とも云える出口氏について、その著書で痛烈に批判している。
『私は今王仁氏を捕へて、その器にあらずと申しましたが、その意味は、同氏が宗敎家たるに甚だ不適當であるといふつもりなのです。あれ位の藝當をする人ですから、同氏にも、他人の到底眞似のできない長所があります。萬事に如才なく、人意を察してこれに迎合することの巧妙なことは、殆んど一の天才といふべく、又、しやれ地口が上手で、記憶力がよくて、とぼけた中に愛嬌があつて、利害の打算が神速で、座談に長じて、ちよつと親分氣質を有つてゐる……。何の因果でかほどの才物が四角四面な、窮屈きはまる出口直子のお弟子入りなどをしたものか、全く惜しいものだと氣の毒に思はれます。
「あの男は、全く職業の選擇を誤つたのだ。他の方面に持つて行つたら、相當に成功したゞらうに……。」