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大和心

第1277回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-262(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2026-06-08

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

鎮魂は先づ鎮魂の石(鎮魂玉)を得て修行するのを順序とする。これは伊邪那伎命が天照大御神に御首玉を授けられた由来から出たもので、本田先生が此れに神習ひて(神の啓示によりて)発明された神法である。鎮魂玉は直径五分内外の自然石にして正円形のものを可とするけれども正円形のものは仲々得難く、まづ正円形に近いものならば満足しなければなるまい。なるべく年代の古い活き石でなければならぬ。重くて堅い質のものを尚ぶ、本来は神界より奇蹟的に授かるべきものであるけれど始め修行の間使用する為めには清き山河、又は神社の境内などで捜し出してもよろしい。これはと思ふものが手に入つたなら、水で洗ひ、塩で清め更らに水で清めて錦の袋に入れて大切に保存し滅多に人に見せたりするものでない。』(「鎮魂帰神の極意」)

佐藤先生は鎮魂石を授けるに際して、綿の袋に入れる前に羽二重の袋に入れている。つまり二重にしているわけだが、それは自分自身も鎮魂石を見てはいけないという理由からだ。なぜ羽二重の袋から出してはいけないのか、佐藤先生は「鎮魂石に鎮祭した天宇受賣大神が神上がるから」と仰っていた。

友清氏は「著者も拝見したが実に立派な霊石である」と長沢翁の鎮魂石を見たかのようなことを書いているが、その可能性はない。長沢翁ですら自ら直接石を見ることが許されないのに、友清氏が見ることはありえない。あるとすれば、鎮魂石になる前の段階、つまりただの生き石を見る機会があっただけであろう。