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大和心

第1285回 本田霊学の鎮魂法と帰神術について-267

著者:小山一夫 / 公開日:2026-06-15

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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1.記紀にみる鎮魂法帰神術の例

以下、引用元は佐藤先生の著書、岩波文庫古事記と小学館日本書紀等。

A 古事記上巻

『故れ大国主神、出雲の御大之御前に坐す時、波の穂より、天之羅摩船に乗りて、鶴の皮を内剥にはぎて衣服にして、帰り来る神有り(中略)。

故れそれより大穴牟遅と少名昆古那と二柱の神相並ばして、此の国を作り堅めたまひき。然て後には、其の少名昆古那は常世国に度りましき(中略)。

是に大国主神愁ひまして、「吾独して何かも此の国を得作らむ。孰れの神と与に吾は能く此の国を相作らまし」と告りたまひき。是の時に海を光して依り来る神有り。其の神の言りたまはく、「我が前を能く治めてば、吾能く共与に相作り成してむ。若し然らずば国成り難てまし」とのりたまひき。かれ大国主曰したまはく、「然らば治め奉らむ状は奈何にぞ」とまをしたまえば、「吾をばも倭の青垣東の山上にいつき奉れ」、と答言りたまひき。此は御諸山の上に坐す神なり(下略)。』(「顕神本田霊学法典」)

故、大國主神、坐出雲之御大之御前時、自波穗、乘天之羅摩船而、內剥鵝皮剥爲衣服、有歸來神(中略)

故自爾、大穴牟遲與少名毘古那、二柱神相並、作堅此國。然後者、其少名毘古那神者、度于常世國也。(中略)

於是大國主神、愁而告「吾獨何能得作此國、孰神與吾能相作此國耶。」是時有光海依來之神、其神言「能治我前者、吾能共與相作成。若不然者、國難成。」爾大國主神曰「然者、治奉之狀奈何。」答言「吾者、伊都岐奉于倭之青垣東山上。」此者、坐御諸山上神也。