本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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B 日本書紀巻第一(神代上) 一書に曰はく、
『大国主神、亦名は大物主神、亦は国作大己貴命と号す。亦は葦原醜男曰す。亦は八千戈神と曰す。亦は大国玉神と曰す。亦は顕国玉神と曰す。其の子凡べて一百八十一神有す。夫の大己貴命、少彦名命と力をあわせ心を一にして、天下を経営りたまう(中略)。
遂に因りて言はく、「今此の国を理むるは、唯吾一身のみなり。其れ吾と共に天下を理む可き者蓋し有りや」と。時に神光海を照し、忽然に浮び来る者有り。曰はく、「如し吾在らずば、汝何にぞ能く此の国を平けまし。吾在るに由りての故に、汝其の大造之績を建つることを得たり」と。此の時大己貴神問ひて曰はく、「然らば則ち汝は是れ誰ぞ」。対へて曰はく、「吾は是れ汝が幸魂奇魂なり」。大己貴神の曰はく、「唯然なり。迺ち汝は此れ吾が幸魂奇魂なりけりと知りぬ。今何処にか住まむと欲ふや」。対へて曰はく、「吾は日本国の三諸山に住まむと欲(おも)ふ」と、故れ即ち宮を彼処に営りて、就きて居しまさしむ。此れ大三輪之神なり(中略)。』(「顕神本田霊学法典」)
これは大国主神が海より来る神に問いかける「神の自感法」と、御諸山の上に鎮めた「神の鎮魂(みたましずめ)」。鎮めた神の御名は大己貴神の幸魂奇魂とされている。
こちらでは「大己貴神の幸魂奇魂」ということだが、日本書紀の「一書に曰はく」であり、前述のように「大穴持命の和魂=大物主大神」という理解が適切だろう。