解説
大精神とは天御中主神を指し、始祖とは伊邪那岐、伊邪那美の命を指したもの。
悪無し……云々の説は、総て神界の様想は幽玄深遠な次元(世界)で有って、我々人間の小智を以って推し計る事の出来得ないものである。
兎角我々は現世の生活上の尺度とか、常識を以って神界の様相とか有様を判断したり憶測しがちなものである。前にも述べてある様に、神界は時間空間を超越した世界であって三百年、五百年の歴史(時間)は瞬間の間であるもので、神伝秘書に゛審神者の覚悟゛「過去、現在、未来を伺うべし」と有るが、過去、現在は別として、未来まで伺へと云うは、神界に於いては既に未来(将来)まで予知されて居るか、之れから起るべき事柄を既に察せられて居るのであるので、天変地異を始め、天下国家の事柄、其の他諸般事に就いて、鎮魂と帰神の神術に依ってその御啓示(御神諸)を得て、将来に起るべき事の被害なり、状態を、最小限にくい止める努力をしなければならない。此の神術を修めて居ると、大なり小なり其の起るべき事柄を霊感とか神感に依ってある程度は啓告を受けて悟るものである。
神界の大規模な様相は我等人間界の智識を以っては其の組織の末端をも伺ひ知る事は困難である。
正神界に於いては、我々蒼生の生成化育と繁栄とに御心をそそがせられて居るもので有って、ここには悪と云うものは無いのである。後世に於ける子孫の中に偶(タマタ)ま罪悪の生じる事は、皆自からの行為に依って起って来るものである。子々孫々の中に悪を行う者が有るとすれば、其の先祖(近い、遠い)の悪行為に依り、魂の穢が引続いて来て居り、穢の重なりに依って、猶悪業を積むと云う形態も現われて来る事も有ると思われる。