『序 佐藤卿彦述
「真道問対(シンドウモントウ)」は明治十六年と申す約百年以前に発表されたものであるが、神界に於ける弛(タユ)みない御神霊の活動が、神代から永久不変に行われて居る事の実証を顕わして、霊学研修者のために本田翁が残されたものと拝察いたすものである。
問対の言語は「短」にして「明解」に教示されているのであるが、星霜移り変りして、漢文を難解とする向きもあるので、本書発行に当たり「神意を伺い」訓読みと致し、簡単な解説を集録致したものである。
解説に就いては、本文の単語に含まれる表裏の薀蓄のある意義は筆舌に尽くしがたいものであり、且つ、長文に亘るので差し控えた。帰神術の神法を研修致す際に、必ず問対の意義を伺い、正しい解釈を頂いて本田霊学伝承の役を果たしたく努力致して居る次第である。
問者 副島種臣
対者 本田親徳
以後問を◎印 対を△印
解説 佐藤卿彦』(「顕神本田霊学法典」佐藤卿彦述)


◎古人論霊而不論及力膿也。
△以一力一霊一膿而立論説者悉偏見也。
◎ 古人霊を論じて、而して力、体に論じ及ばざる也。
△ 一力、一霊、一体を以てして、而して論説を立つる者は、悉く偏見也。
解説
古人(今人の対語、古代の人の意)は霊を論じても力・体までは論じてない。万物の持てるのは一力、一霊、一体のみであると論説(意見を述べて説くこと)する者があるが、それも悉く(すべて)偏見(片寄った考え)である。即ち、霊・力・体は一つだけでなく、霊(一霊四魂)、力(入力)、体(剛柔流三体)のように多くのものがあることを「偏見」の語を使って解明されたもの。