2022-04-12 著者:小山一夫
原文保存・医学的校閲前/画像は元サイトから読み込みます。
三国志の重要なキャストのひとり劉備玄徳は、荊州の地で、ある日の午後「髀(ひ)肉の嘆き」にくれます。
正史三国志蜀書によれば、
「日月若馳。老将至矣。功業不建。是以非耳。」と呟いたといいます。
(月日の経つのは早い。老いも目前に迫っている。だが私は未だに志を遂げることが出来ない。なんとも不甲斐ないことだ。)
その時、劉備玄徳46歳。
若き日の旗揚げから20年以上経ちながらも、胸に抱き続けた志にはまだまだ程遠く、ひとり腿の贅肉を嘆くのでした。それは戦場から永く遠のいていた証左でもあり、武人として恥ずかしいことでもあったのです。
乱世を終わらせて平和をもたらし、民の生活を苦しみから脱却させること。
でも、その彼の志を実現するための具体的な手立てを、玄徳はまだ見出すことが出来ませんでした。
その後まもなく三顧の礼をもって諸葛了を迎えることになりますが、それはこの「髀肉の嘆き」による所も大きいと思います。大儀の為に頭を下げて、若き孔明を軍師に迎えたことで後に魏、呉、蜀の3国による天下3分の計が成りました。
悩みは人を成長させることができる、という好例でしょう。
私もいつの間にか、この時の劉備玄徳よりも歳上になってしまいました。
時間に追われて落ち着かない毎日ですが、でも、やり遂げたいことがまだあります。
頑張らないと、、、