
2022-09-22 著者:小山一夫
原文保存・医学的校閲前/画像は元サイトから読み込みます。
『江戸時代の平均寿命は30歳台と言われているが、あの葛飾北斎は享年90歳だ。徳川家康だって73歳くらいまで生きたし、なんならその前の戦国時代でさえ北条幻庵は97歳、その父の北条早雲も88歳、関ヶ原の合戦で名をはせた島津義弘も85歳、毛利元就も75歳まで生きている。もっと以前の鎌倉時代、僧の法然は満78歳、その弟子親鸞も満89歳で入滅している。1000年前も今も長生きする人はしているのだ。』
今も昔も長生きの人はいたんですね。
当時これだけ長生きするには、よほど健康に気を付けていたんだと思います。
『また、昔の平均寿命50歳だからといって、みんな50歳くらいまでしか生きられなかったという意味でもない。平均寿命とは、たとえば乳児の死亡が多ければ多いほど下がるものである。平均なので、100歳で死ぬ人が50人、0歳で死ぬ人が50人いると、平均寿命は50歳になる。太平洋戦争前は、この0~10歳未満での死亡率が異常に高かったために、平均すると50歳に達しなかったのである。
つまり、昔は子どもの死亡率が高かったために、計算上平均寿命が短かっただけであり、決して老人が早死にしていたわけではない。』
子供の死亡率が低くなれば、自動的に平均寿命がアップするということのようです。
『江戸時代から明治大正昭和前期にかけては、男性は大体60歳くらいまでは平均して生きたことになる。』
『戦後の急激な長寿化は乳児死亡率を激減させた医療技術の進歩が大きい。戦前まで、産んだ子の半分は成人することなく死んでいった例は多い。』
『「7歳までは神のうち」という言葉がある。七五三のお祝いというのは「もうこれで死んでしまうリスクは減った」ということを言祝ぐものでもあったのだ。
現在の乳児死亡率は0.9。ほぼ生まれた子は死なない。だから0歳時の余命と20歳時の余命が変わらないのである。
子どもが死ななくなったのは喜ばしいことではあるが、それを実現した医療や食環境は同時に高齢者も死ななくなったという日本の高齢国家化を実現させたともいえる』
七五三のお祝いの意味がなんとなく分かった気がします。
この数字が医学的な視点から来たものかどうかはよくわかりませんが。