一般財団法人 野萩青少年育成財団

大祓詞の比較解釈と本田霊学

先行公開・2026年10月11日

第2回 第一章 大祓詞を読み比べる立場(1/3)

第一章 大祓詞を読み比べる立場

一 本書が明らかにしたいこと

大祓詞は何を祓い、誰の力によって祓い、その働きに人はどのように関わるのか。本書で問いたいのは、この点である。詞章を現代語に移し替えることは必要であるが、それだけで祓いの実質まで説明したことになるだろうか。神が集い、議り、天降り、聞こしめし、罪穢れを持ち出し、呑み込み、吹き放つ。それらの表現を、人間の動作になぞらえて理解するだけで、神の働きに至ることができるのか。元原稿で各書の解釈を併記したのは、同じ詞章の説明であっても、そこに置かれた神観が大きく異なることを明らかにしたかったからである。

われわれ本田霊学の側から見ると、最も重要なのは、祓いを行う神と、祓いを願う人との関係である。言葉を正しく読み、祭式を整えれば、そのことによって神明の感応まで自動的に保証されるのか。佐藤先生はこの点を問題とし、文字の解釈を越えて、神人合一と幽斎の立場から大祓詞を解説された。第三章の冒頭に置く佐藤先生の文章は、本書全体の出発点である。

したがって、本書の目的は、諸書の解釈を並べて折衷することではない。各書が何を説明し、どこで説明を止め、本田霊学がさらに何を問うのかを、具体的な文面によって示すことである。高天原を天上の国と読むことと、幽顕の秩序として読むことの違い。神議りを会議として訳すことと、神々の分掌と霊交として読むことの違い。太祝詞事を発せられる言葉と捉えることと、霊をもって霊に対する行為の核心として捉えることの違い。これらは別々の語釈の問題ではなく、一つの神観から連続して生じる問題なのである。

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