2022-05-17 著者:小山一夫
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『それは、目の不自由な人が「光とは何ですか?」と問うのに似ている。
もし私が彼に光とは何かを告げようとすれば、彼は彼の盲目に従って、彼の暗黙に従って聞くだろう。
が、見ることができるようになるやいなや、彼はけっして光とは何かを問わない。
それはそこにある。』
「未来の生」春秋社
信仰を捨てなければ悟れないと言った釈迦は、如何にして目を開くか、を教えました。
信仰こそが「盲目」の原因のひとつなのだと気付けば、とらわれなき自由に近づきます。
そして、その時から、真の瞑想が始まるのです。