2022-12-07 著者:小山一夫
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サッド・グルは個々の状態に応じて、臨機応変に多様なアプローチを採ることができます。
そのサッド・グルの役割を密教的な技術によって代用しようとするならば、相当高度で複雑なメニューが必要とされるでしょう。
でも、どんなに密教ヨーガの技術を突き詰めていったとしても、そこには自ずと限界があります。
なぜなら、密教ヨーガと顕教ヨーガの質的な違いがあるからです。
ですから、密教ヨーガにサッド・グルの変わりなど、とても勤まりません。
せいぜい顕教ヨーガの準備段階として有効なだけです。
それでも、何もしないよりはいいだろうということで、数百年にわたり、密教ヨーガの偉大な先人たちは、ありとあらゆる角度から、開発と検証を繰り返しつつ「顕教ヨーガの準備段階」としての役割を果たそうとしてきました。
そしてその答えが、今日に伝わる密教ヨーガの技術体系だといってよいでしょう。
ハタ・ヨーガ・プラディーピガーの冒頭に於いて、著者であるスヴァートマーラーマは、自信と誇りを持って次のように語っています。
「「ハタ・ヨーガは、
高遠なラージャ・ヨーガに登らんとするものにとって
素晴らしい階段に相当する。」(1-1)
しかしながら、その先人たちの努力は新たな問題を引き起こしました。
それは本来手段としてあるべきものが目的と化してしまったことで、人々に誤解を与え、彼らを迷路に誘ってしまったのです。この思い込みは、実に長い年月にわたっているため、解除するのは容易ではありません。