2023-01-11 著者:小山一夫
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スッタニパータの最後の章は「涅槃に至る章」ではなく「彼岸に至る章」となっています。
もし悟りの境地が涅槃であるなら、何故釈迦は彼岸をゴール(最終章)としたのでしょうか。
涅槃ではなく彼岸でなければならない理由とは?
釈迦はどのような意図で涅槃と彼岸を使い分けていたのか?
その答えを突き詰めてゆくことが、この大パリニッバーナ経を読み解くヒントとなるのです。
「尊い方よ。尊師はいまニルヴァーナに入ってください。幸いな方はニルヴァーナに入ってください。今こそ尊師のお亡くなりになるべき時です。」(36)
このフレーズは大パリニッバーナ経に何度も登場します。
釈迦は既に解脱していたわけですから、ニルヴァーナ=解脱では理屈に合いません。
また、一説には、マウドガリヤーヤナ(目連)も死を予感して、ニルヴァーナ(涅槃)に入る許しを釈迦に求めたと言われています。
つまり原始仏典の編纂された時代には、彼岸と涅槃に明らかな意味の違いがあったと考えられます。
そこで当時の解脱観について検討したいと思います。