一般財団法人 野萩青少年育成財団
記事一覧に戻る

技術の奴隷

2023-04-23 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

 

『生、真理は、生きられるべきものです。

ですが、表現は技術を要求します。

 

今、絵を描くためには、あなたは技術を学ぶ必要があります。

ですが、偉大な芸術家は、もしも創造的衝動の炎を感じたなら、技術の奴隷ではないでしょう。


あなたが自己の中で豊かであるなら、あなたの生は単純[素朴]です。

ですが、あなたは、衣服の単純[素朴]さ、住居の単純[素朴]さといった外的手段をとおし、禁欲主義と自己修練をとおして、その完全な豊かさに至りたいのです。
 

言い換えれば、内なる豊かさから結果的に生じる単純[素朴]さを、技術という手段により獲得したいのです。


あなたを単純【素朴]さに導いてくれるであろう技術は、ありません。

あなたを真理の地へ導くであろう道は、ありません。

あなたがそれを自分の存在全体で理解するとき、そのとき技術は生において、それにふさわしい所を占めるでしょう。』

「花のように生きる」クリシュナムルティ


技術に依存する人は、無為になるのが難しくなります。

なぜなら瞑想の本質から離れてゆくからです。
「瞑想法」に拘れば拘るほど、瞑想ではなくなってしまうのです。

 

「自然無為」つまり「ありのまま」に近づくことこそ、瞑想の極意そのものといってよいでしょう。


形式やマントラに頼るイメージトレーニング(観想法)では、とてもサマディには辿りつけません。

小手先芸の「瞑想法」という技術への依存を捨てるところから、真の瞑想ははじまるのです。


沈黙と静寂の中で何もしないこと、あるがままに在ること、それが瞑想の要件なのです。

 


元記事