一般財団法人 野萩青少年育成財団
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マントラと経典

2023-03-18 著者:小山一夫

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「瞑想は言葉を反復することでも、
まぼろしを目のあたりにすることでも、
あるいは沈黙を香うことでもない。

数珠や経文は、精神の雑音を静めはしても、
結局のところ一種の自己催眠にすぎず、
催眠薬を口にするようなものである。」
『クリシュナムルティの瞑想録』平河出版


マントラや読経は、特定の音程やリズムに集中することで、心を一定の状態に誘導します。
言葉の意味が大事だという方もいますが、それは宗教的な作用に関わるものでしょう。
クリシュナムルティは、一種の自己催眠だと言っていますが、その通りだと思います。

なぜなら、その効果は、多少の余韻があったとしても、所詮は一時的なものにすぎないからです。

ヨーガスートラは、真我探求の素晴らしい手掛かりです。
その冒頭には、ヨーガの定義が述べられていますが、ヨーガスートラをひとつの理想とするならば、その定義を逸脱する技術は適切ではないといえます。

心の作用の止滅という目標を達成する為に、様々なマントラのチャンティングや、読経は果たして必要なのでしょうか?

マントラや教典に依存することは明らかに、ヨーガ本来の方向性に逆行しているといってよいでしょう。

 


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