一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-14

2024-10-26 著者:小山一夫

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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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禅と信仰
禅定への障壁は、雑念や煩悩だけじゃない。釈迦が説いたように、”信仰を捨てなければ彼岸(三昧)には到れない”のだ。”釈迦が信仰を否定していた”というと”ウソだろ?”と驚く方もいるだろう。だが、最古の仏教経典として知られるスッタニパータの最終章で、釈迦ははっきりと宣言している。


「ヴァッカリやバドラーヴダやアーラヴィ・ゴータマが信仰を捨て去ったように、そのように汝もまた信仰を捨て去れ。そなたは死の領域の彼岸に至るであろう。」(「ブッダのことば」)


彼岸とは涅槃(ニルヴァーナ)に到る直前の悟りの境地であり、人間が生きている間に到達しうる極めて高いレベルの三昧に他ならない。このスッタニパータは、釈迦直説の教えが最もたくさん収録されている経典として古くから認知されているものだが、日本や他国でもこれまであまり表に出てこなかった。なぜなら”釈迦が信仰を否定している”ことが明らかになると困る人達が数多くいるからだ。つまり”仏教教団の経営が成り立たなくなってしまう”という彼らの強い危惧が、この素晴らしい経典を埋もれさせてしまったのである。だが一方で、同情できる部分もある。


仏教は一般大衆に広まるまで、かなりの時間を要した。なぜなら文盲が多かった時代、難解な仏教理論は一部のエリートの占有物だったからだ。飢餓や苦悩に覆われた時代、仏教の大衆化のためには信仰の普及が不可欠だったに違いない。

 


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