2024-10-24 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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雑念と煩悩
ところで身心脱落を邪魔しているのは、まさに宗教的教義に他ならない。煩悩とか執着とかの言葉に囚(とら)われてそれらと戦っているうちは、身心脱落など不可能なのだ。
”一切の執着や煩悩を打ち消して無念無想の境地へ”というと聞こえはいいが、それは身心脱落の意図する道程ではない。もしも一切の執着や煩悩を打ち消そうとするならば、身心脱落はただの夢物語で終わってしまうだろう。だが然るべき手順に従って身心脱落を達成すれば、心の作用の止滅と共に煩悩も執着もなくなる。一見鶏と卵のようだが”逆は真ならず”なのだ。
つまり、執着や煩悩と戦うのは賢明ではないということだ。なぜなら戦っているうちは、それらから離れることができないからだ。ゲームセンターのもぐら叩きゲームと同じだと思えばいい。疲労困憊するだけで何も得るものはない。もぐらを懸命に叩いている間は、つまり執着や煩悩と戦っているうちは、心の安定や禅定など絶対に訪れない。ではどうすればいいのだろうか?