2024-11-03 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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鑑機三昧
ところで佐保田博士の著書にもあるように、グルの指導はマンツーマンを原則としている。
「対個人的に一対一の形でなされるべきもの」(「ヨーガの宗教理念」)。
なぜそうなるのかと言えば、グルの指導は、弟子の真我(仏性)の状態をチェックして、その時々に必要な三昧(サマディ)の気質(神気)をグル自身がまとい、それに弟子を同一化させることで霊性の向上を図るからだ。サマディには無数の階梯があるので、それらを目的別に使い分けることになる。このように一対一の時は個別に対応するが、もしやむをえず大勢を相手にする時は、最大公約数的な考え方を採用する。但しこの場合、全員にわからせるのは難しいので、ラーマナのような偉大な聖者でも、傍らに坐った人のうち数人だけにヨーガ的神秘体験が起こる。
ところで、禅でも、老師の指導は一対一の対機説法が基本だ。たとえば、禅には鑑機三昧という禅定がある。これは指導を行なう際に「あらかじめ相手の機根・能力を観察するために入る禅定」(「禅の思想辞典」)だ。つまり老師は、まず鑑機三昧に入り、相手の状態を調べ、それに即した対応を採るわけだ。これはウパニシャッドに於けるグルとほとんど同じやり方だといえる。
自分の真我は、心の作用の止滅後にアートマンそれ自体の”顧る働き”によって観照できるが、他人の真我(仏性)は、鑑機三昧に類する禅定(サマディ)に入らないと観照できない。自他の真我を観ることが出来て初めて、禅定の指導者になれるわけだ。