2024-11-19 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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布袋と入鄽埀手
次に、ゴール設定の違いを見てみよう。
牧牛図には大別して2種類の結末が用意されている。
まず廓庵版だが、こちらは最後が「入鄽埀手」で締めくくられている。この入鄽埀手には、布袋と想われる肥満体の大人が町の中で手を差し伸べる図が充てられている。これは、下化衆生ということで民の救済や布教活動の推奨を示唆するものだが、この入鄽埀手的な幕引きは、巨徹版、自得版、そして日本で書かれた月坡版にも見られる。ここが所謂円相をゴールとする普明版などと異なる点だ。
これは円相自体の定義にも深く関わってくるので、簡単に扱われてよいような論点ではない。これについては次章で詳解する。
ところで布袋だが、彼は七福神の中で唯一実在した人物だ。死後、弥勒菩薩の化身として信仰を集めるが、仙道の尸解仙のような伝説も伝えられている。だから、ここに登場するのが布袋でなければならない理由についても考える必要がある。
廓庵版の特殊性については他にもあるが、この牛の色とゴールの違いは、特に注目すべきだ。なぜなら、牧牛図が書かれた目的と悟りの定義の違いに繋がるからだ。この点について考える時、私はいつも正法眼蔵随聞記を思い出す。