2024-11-20 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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畢竟じて何の用ぞ(結局のところ何の役に立つのか)
「ある日、教えて言われた。わたしが宋にいた時のこと、坐禅の道場で古人の語録を読んでいた。その時、ある、四川省出身の僧で道心あつい人であったが、この人がわたしにたずねて言った。『語録を見てなんの役に立つのか。』
わたしは言った。『くにに帰って人を導くためだ。』
その僧が言った。『それが何の役に立つのか。』
わたしは言った。『衆生に利(り)益(やく)を与えるためである。』
僧はさらに言った。『結局のところ何の役に立つのか。』」(「正法眼蔵随聞記」)
道元はこの僧に「畢(ひっ)竟(きょう)じて何の用ぞ」と問われ、ついに返答の言葉を失う。後に「是れ真実の道理なり」として、坐禅に徹しようと心境を新たにするわけだが、これは”自分が悟っていないのに人を導くことが出来ようか?”という自戒でもあったのだろう。迷い人には道を指し示すことなどできないからだ。形骸化した言葉よりも、悟りの体験こそが大事なのだ。