2024-11-29 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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禅の十牛図との対比
故郷というか家に帰るまではプルシャだが、その後にアートマンだけになるという成り行きは、まさしく禅の十牛図を想起させる。
つまり最後まで残る牧童がアートマンで、家に帰ってから姿を消す牛がプルシャ(アートマンを除く)という構図になるだろう。
牛はそもそも宿命的に穢れをまとうものであり、その穢れが浄化されるに従って牛の色が白く変化してゆくのが普明版などのスタンスだ。しかしながら他の牧牛(象・馬)図はよいとして、廓庵版のように牛の色が最後まで黒色のままだと、話の辻褄が合わなくなる。これについては次章で再度検討したい。