一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-50

2024-12-01 著者:小山一夫

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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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どこから来て、どこへ行くのか


ヨーガスートラは次の3段階を目標としているが、正法眼蔵や廓庵版に当てはめると、①心の作用の止滅(身心脱落)、②純粋観照者の出現(見牛)、③真我独存(得牛・牧牛)となる。そして十牛図の騎牛帰家から人牛倶忘までが、ウパニシャッドの世界にピタリと符合する。


また、普明版の牧牛図は隻(せき)泯(びん)(円相)の図を以ってゴールとしているが、これはウパニシャッドの最終的なサマディと類似するものだ。ところでこの境地だが、もしも完全に融合してしまうと、もはや戻ることはできない。なぜならプルシャとアートマンが分離することは、個別性の喪失に繋がり、死をもたらすからだ。だからそこからの帰還はない。そこで普明版では最後の十図に円相を充てているわけだが、廓庵版はその後に2図付け加えている。廓庵版の最後の2図には牧童も牛も出てこないから、普明版と必ずしも矛盾するとは言い難いが、そこには別の意図が見え隠れしている。それについては次章で明らかにしたい。

 


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