2024-12-21 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第二図 見跡
序
依経解義、閲教知蹤
明衆器爲一金、体万物為自己
正邪不辨、真偽奚分
未入斯門、権為見跡
経に依(よ)って義を解(げ)し、教を閲(けみ)して蹤(あと)を知る
衆器の一金為(た)ることを明らめ、万物を体(たい)して自己と為(な)す
正邪辯(べん)ぜずんば、真偽奚(なん)ぞ分かたん
未だ斯(こ)の門に入らざれば、権(かり)に見(けん)跡(せき)と為す
頌
水辺林下跡偏多
芳草離披見也麼
縱是深山更深処
遼天鼻孔怎蔵他
水辺林下 跡偏(ひと)えに多し
芳(ほう)草(そう)離披(りひ)たり 見るや也(ま)たいなや
縦(たと)い是れ深山の更に深き処なるも
遼天(りょうてん)の鼻(び)孔(くう)怎(なん)ぞ他(かれ)を蔵(かく)さん
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所依とすべき経典
ところで真言宗でいえば、大日経、金剛頂経、理趣経など所依(しょえ)とすべき経典は当初より定められているが、禅宗ではかなり趣(おもむ)きが異なる。例えば達磨はニ祖慧可に楞伽(りょうが)経を授けた。彼の宗派が当初、楞伽宗と言われたのはそこに起因している。この経典は4~5世紀頃に作成されたと思われるが、中村元博士によれば「唯識説をたぶんに取り入れた如来蔵思想」であり「バラモン教の哲学思想の影響を多分に受けている」という。つまりヨーガとの関わりが深いわけだ。
ところが楞伽経は、その後なぜか中国禅宗の所依の経典とはならなかった。四祖道信は五祖弘忍に金剛般若経を授け、六祖慧能は涅槃経を拠り所としていた。このように特定の経典を所依としていないのが、初期の禅宗の特徴だった。だから「経によって義を解(げ)し、教を閲(けみ)して蹤(あと)を知る」も特定の経典を指しているわけではない。
禅には家風と呼ばれるものがある。よく聞くところでは、黙照禅、看(かん)話(な)禅、祖師禅、念仏禅などがあるが、他にも一字禅、三字禅、蚌(ぼう)蛤(こう)禅など様々だ。家風はこのように系統的に分かれるものだが、仮に家風が同系統であっても、禅師の風格の違いからかなり雰囲気が異なることもある。良師に巡(めぐ)り会うのは運と縁の賜(たま)物(もの)だが、師弟関係のベースになるのは家風や風格との相性だと思う。もしそういったものがピタリと合うなら、師弟共に喜ばしいことだろう。