一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-104

2025-01-24 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第三 見牛


序
従声得入、見処逢源
六根門著著無差、動用中頭頭顕露
水中塩味、色裏膠青
貶上眉毛、但非他物

声より得入(とくにゅう)すれば、見処(けんじょ)源に逢う
六根(ろっこん)門 著々(じゃくじゃく)差(たが)うこと無し、動(どう)用(よう)の中頭々(ずず)顕(けん)露(ろ)す
水中の塩味、色(しき)裏(り)の膠(こう)青(せい)
眉毛(びもう)を貶上(さつじょう)すれば、是れ他物(たもつ)に非ず

頌
黄*枝上一声声日
暖風和岸柳青
只此更無廻避処
森森頭角画難成

黄(こう)*(おう)鶯枝上 一声声
日暖かに風おだやかにして岸柳青し
只此れ更に廻(かい)避(ひ)する処無し
森々たる頭(ず)角(かく) 画(えが)けども成り難し
 

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①数息観~想念の方向付け


道元は、長くもなく短くもなく、早くもなく遅くもなく、ごく自然な呼吸を推奨している(「辯道法」)。私もそれが一番いいと思う。だが、数息観は大安般守意経でも最初に登場するし、巷間の坐禅会でも練習するようなので、これについても少し触れておこう。


一般的な数息観は、腹式呼吸で自分の呼吸を数えるというものだ。吐く時に数える方法、吸う時に数える方法などいろいろあるが、効果の程はどれも同じ様なものだ。心が落ち着かない時に、呼吸を数えることに集中すれば、頭の中が呼吸を数えるという行為と数字で埋まってゆくことだろう。現実には雑念や妄想をそれらと置き換えるだけだが、多少は心が落ち着いたような気になれる。もし実行するなら、1~10までを2回数えればいいだろう。それで充分だ。いずれにしても長時間、そして何年も続ける必要はない。呼吸を意識したり制御しているうちは、身心脱落は始まらないのだから。
 


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