一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-99

2025-01-19 著者:小山一夫

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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第三 見牛


序
従声得入、見処逢源
六根門著著無差、動用中頭頭顕露
水中塩味、色裏膠青
貶上眉毛、但非他物

声より得入(とくにゅう)すれば、見処(けんじょ)源に逢う
六根(ろっこん)門 著々(じゃくじゃく)差(たが)うこと無し、動(どう)用(よう)の中頭々(ずず)顕(けん)露(ろ)す
水中の塩味、色(しき)裏(り)の膠(こう)青(せい)
眉毛(びもう)を貶上(さつじょう)すれば、是れ他物(たもつ)に非ず

頌
黄*枝上一声声日
暖風和岸柳青
只此更無廻避処
森森頭角画難成

黄(こう)*(おう)鶯枝上 一声声
日暖かに風おだやかにして岸柳青し
只此れ更に廻(かい)避(ひ)する処無し
森々たる頭(ず)角(かく) 画(えが)けども成り難し
 

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従ってこの五蘊(色、受、想、行、識)を脱落させてゆくことが、身心脱落の要件になる。そうすれば結果として、般若心経の説く「照見五蘊皆空」が実現するわけだ。そこで次は、”何を手掛かりに脱落を図るのか?”ということになるが、そのヒントになるのは「五有(う)」と「五無(む)」だ。


まず「五有」だが、有作(相対)、有量(量で限られるもの)、有辺(限界のあるもの)、有為(生滅するもの)、有余(うよ)(身体のけがれあるもの)を指す。対して「五無」とは、無作、無量、無辺、無為、無余を言う(以上「佛教語大辞典」より)。五有がわかれば、五無は簡単だ。なぜなら五無は五有の正反対を考えればいいからだ。


先の五蘊の「色」が身体そのものを指すので、まずはそれがターゲットとなる。身の脱落には2段階あるが、「色」つまり身体が空間に融けてゆくようになれば、とりあえず第一段階の「身の脱落」は達成される。この場合、どの五無を使うかだが、適切なチョイスは無辺(境をなくして解放する)と無作(相対的な関係を超える)の二法だ。これによってほとんどの方は最初の「身の脱落」を体験できるだろう。
 


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