2025-01-18 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第三 見牛
序
従声得入、見処逢源
六根門著著無差、動用中頭頭顕露
水中塩味、色裏膠青
貶上眉毛、但非他物
声より得入(とくにゅう)すれば、見処(けんじょ)源に逢う
六根(ろっこん)門 著々(じゃくじゃく)差(たが)うこと無し、動(どう)用(よう)の中頭々(ずず)顕(けん)露(ろ)す
水中の塩味、色(しき)裏(り)の膠(こう)青(せい)
眉毛(びもう)を貶上(さつじょう)すれば、是れ他物(たもつ)に非ず
頌
黄*枝上一声声日
暖風和岸柳青
只此更無廻避処
森森頭角画難成
黄(こう)*(おう)鶯枝上 一声声
日暖かに風おだやかにして岸柳青し
只此れ更に廻(かい)避(ひ)する処無し
森々たる頭(ず)角(かく) 画(えが)けども成り難し
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Step-1.身の脱落~空間に融けてゆく
道元は、「心意識の運転を停め、念想観の測量を止めて、作仏(さぶつ)を図ること莫れ」(「普(ふ)勧(かん)坐禅儀」)と説いているが、最初からそれを実現するのは困難だ。なぜなら「心意識の運転を停め」とあるが、それにはその前に「身の脱落」が出来ていなければならないからだ。
最もポピュラーな経典として知られる般若心経の冒頭に「照見五蘊皆空」とあるが、この「五蘊皆空なりと照見す」が大きなヒントになる。
五蘊とは佛教語大辞典によれば、「われわれの存在の五つの構成要素」であり、「色(しき)は物質一般、あるいは身体」、「受は感受作用のことで、感覚・単純感情をいう」、「想は心に浮かぶ像で、表象作用のこと」、「行は意志、あるいは衝動的欲求に当たるべき心作用のこと」、「識は認識作用。識別作用。区別して知ること。また意識そのものをいう」とある。整理すると、「色=物質性」「受=感覚」「想=表象」「行=意志的形成力」「識=認識作用」ということになるそうだ。