一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-105

2025-01-25 著者:小山一夫

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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第三 見牛


序
従声得入、見処逢源
六根門著著無差、動用中頭頭顕露
水中塩味、色裏膠青
貶上眉毛、但非他物

声より得入(とくにゅう)すれば、見処(けんじょ)源に逢う
六根(ろっこん)門 著々(じゃくじゃく)差(たが)うこと無し、動(どう)用(よう)の中頭々(ずず)顕(けん)露(ろ)す
水中の塩味、色(しき)裏(り)の膠(こう)青(せい)
眉毛(びもう)を貶上(さつじょう)すれば、是れ他物(たもつ)に非ず

頌
黄*枝上一声声日
暖風和岸柳青
只此更無廻避処
森森頭角画難成

黄(こう)*(おう)鶯枝上 一声声
日暖かに風おだやかにして岸柳青し
只此れ更に廻(かい)避(ひ)する処無し
森々たる頭(ず)角(かく) 画(えが)けども成り難し
 

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大安般守意経では、息を吐きながら呼吸を数える「呼気の数息」と、吸う時に数える「吸気の数息」の二法を説明しているが、単に呼吸を数えるだけではなく、身心の浄化を図りながら行なう。呼気に際しては雑念や妄想を離れようとし、吸気に際しては外的な因縁(五感から受ける情報)から離れようとする。こうして内(心)と外(身)の浄化を観念的に行なうわけだが、ただ呼吸を数えるだけという数息観よりは気が利(き)いている。しかしながら、私はやや異なる考え方を持っている。


穢れとは、”気が枯れる”ということだ。だから意識的な呼吸を試みるなら、穢気を排出し清気を取り込むことで、気力と生命力を高めようと心掛けた方がいい。これは中国の吐(と)納(のう)法と同じ考え方だが、呼吸法は(原則として)”気”の充実を目的として取り組むことをお奨めする。


アートマンの語源は呼吸だ。もちろん無形なのだから、吸ったり吐いたり実際に呼吸するわけじゃない。つまりアートマンの呼吸とは、生命の息吹そのものなのだ。だから自らの生命力を高めることが、真我(仏性)の働きを強めることになる。
 


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