2025-01-31 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第三 見牛
序
従声得入、見処逢源
六根門著著無差、動用中頭頭顕露
水中塩味、色裏膠青
貶上眉毛、但非他物
声より得入(とくにゅう)すれば、見処(けんじょ)源に逢う
六根(ろっこん)門 著々(じゃくじゃく)差(たが)うこと無し、動(どう)用(よう)の中頭々(ずず)顕(けん)露(ろ)す
水中の塩味、色(しき)裏(り)の膠(こう)青(せい)
眉毛(びもう)を貶上(さつじょう)すれば、是れ他物(たもつ)に非ず
頌
黄*枝上一声声日
暖風和岸柳青
只此更無廻避処
森森頭角画難成
黄(こう)*(おう)鶯枝上 一声声
日暖かに風おだやかにして岸柳青し
只此れ更に廻(かい)避(ひ)する処無し
森々たる頭(ず)角(かく) 画(えが)けども成り難し
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⑤生命の実感~体温、血流、呼吸、細胞の賦(ふ)活(かつ)
臨済は、「即今、目前、聴法底」(「臨済録」)と言う。
これは、”今、まさにここで、生命(万物)の息吹を傾聴する”ということだ。
つまり自分(又は大自然)が生きていることを、全身全霊で受け止めることに他ならない。これはヨーガの基本的な姿勢でもある。ハタ・ヨーガのような密教ヨーガでは、身体的な動きを伴うアーサナを重視するが、もしも「即今、目前、聴法底」がなければただの体操に過ぎない。汗をかいて気持ちがいいという程度で満足するならよいが、それではサマディなど夢のまた夢だ。
生命力を高めるためにヨーガがあるのだから、その実行に際しては先ず、「生命」そのものに正面から対峙する必要がある。それが「即今、目前、聴法底」なのだ。これはアーサナだけでなく、瞑想や坐禅に際しても必要不可欠なものだといっていい。