2025-02-08 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第三 見牛
序
従声得入、見処逢源
六根門著著無差、動用中頭頭顕露
水中塩味、色裏膠青
貶上眉毛、但非他物
声より得入(とくにゅう)すれば、見処(けんじょ)源に逢う
六根(ろっこん)門 著々(じゃくじゃく)差(たが)うこと無し、動(どう)用(よう)の中頭々(ずず)顕(けん)露(ろ)す
水中の塩味、色(しき)裏(り)の膠(こう)青(せい)
眉毛(びもう)を貶上(さつじょう)すれば、是れ他物(たもつ)に非ず
頌
黄*枝上一声声日
暖風和岸柳青
只此更無廻避処
森森頭角画難成
黄(こう)*(おう)鶯枝上 一声声
日暖かに風おだやかにして岸柳青し
只此れ更に廻(かい)避(ひ)する処無し
森々たる頭(ず)角(かく) 画(えが)けども成り難し
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⑦皮膚脱落~内外の境がなくなる
随息観で力をつけたら、次は皮膚脱落だ。第1章でも書いたが、皮膚脱落は「禅の思想辞典」によれば、「皮膚は煩悩などの余計なものを表し、その束縛から解放されることを脱落といい、解脱と同義である。」とある。しかし私の解釈は違う。煩悩などという宗教談議で片付けるのではなく、現実に何が起こるのかを考えるべきだ。
皮膚とは自身の内外を分かつ”境”に他ならない。
もし次のラーマナのプラーナーヤーマを行なえば、その境の脱落を実感することだろう。
これこそが皮膚脱落の真義なのだ。だから皮膚脱落を単なる宗教的な比喩だと思ってはならない。
それでは、実技の前にまず原理の説明をしよう。