2025-02-09 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第三 見牛
序
従声得入、見処逢源
六根門著著無差、動用中頭頭顕露
水中塩味、色裏膠青
貶上眉毛、但非他物
声より得入(とくにゅう)すれば、見処(けんじょ)源に逢う
六根(ろっこん)門 著々(じゃくじゃく)差(たが)うこと無し、動(どう)用(よう)の中頭々(ずず)顕(けん)露(ろ)す
水中の塩味、色(しき)裏(り)の膠(こう)青(せい)
眉毛(びもう)を貶上(さつじょう)すれば、是れ他物(たもつ)に非ず
頌
黄*枝上一声声日
暖風和岸柳青
只此更無廻避処
森森頭角画難成
黄(こう)*(おう)鶯枝上 一声声
日暖かに風おだやかにして岸柳青し
只此れ更に廻(かい)避(ひ)する処無し
森々たる頭(ず)角(かく) 画(えが)けども成り難し
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「身体との自己同一化を完全に放棄することが呼気(レチャカ)であり、『私は誰か?』という探求を通して内側に消え去ることこそが吸気(プーラカ)である。唯一の実在である『私はそれである』(I AM THAT)としてとどまることこそが維持(クンバカ)である。これこそが真のプラーナーヤーマである。」(「あるがままに」)
身体との自己同一化の放棄、内側に完全に消え去ること、そして唯一の実在としてとどまること、これらは思い込みや呼吸方法の工夫などによって達成できるものではない。
佐保田博士は、「プラーナーヤーマとは呼吸法と同一ではない。気(プラーナ)というのは身体のなかと外の世界にある生命のエネルギーであって、(中略)これをコントロールするのが調気である。」(「ヨーガ根本経典」)と説明している。
博士の語るように、真のプラーナーヤーマとは、単に吸ったり吐いたりを繰り返すことではないのだ。