2025-02-20 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第三 見牛
序
従声得入、見処逢源
六根門著著無差、動用中頭頭顕露
水中塩味、色裏膠青
貶上眉毛、但非他物
声より得入(とくにゅう)すれば、見処(けんじょ)源に逢う
六根(ろっこん)門 著々(じゃくじゃく)差(たが)うこと無し、動(どう)用(よう)の中頭々(ずず)顕(けん)露(ろ)す
水中の塩味、色(しき)裏(り)の膠(こう)青(せい)
眉毛(びもう)を貶上(さつじょう)すれば、是れ他物(たもつ)に非ず
頌
黄*枝上一声声日
暖風和岸柳青
只此更無廻避処
森森頭角画難成
黄(こう)*(おう)鶯枝上 一声声
日暖かに風おだやかにして岸柳青し
只此れ更に廻(かい)避(ひ)する処無し
森々たる頭(ず)角(かく) 画(えが)けども成り難し
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②周囲の空間との融合、そしてその余韻に浸る
最初の身の脱落は、空間に融けてゆく感覚だが、そこに全身全霊で浸りきることが、心の作用の止滅へと繋がってゆく。プラーナーヤーマにより、内外の境が脱落してくると、次第に個別性がもたらす境界意識が薄らぐ。そしてその意識が薄らぐことにより、雑念が湧き難くなる。
「五蘊皆空なりと照見す」とは、前述したように「色=物質性」「受=感覚」「想=表象」「行=意志的形成力」「識=認識作用」に関わる空性を観照するということだ。身の脱落による「色」の希薄化は、それに伴う「受」と「想」の希薄化をもたらす。プラーナーヤーマによる内外の双方向的融和は、絶妙なバランスの元での安定を確かなものとするだろう。それにより、無理に安定しようとする作為がなくなり、徐々に意識が鎮まってゆく。そして意識が安定した結果、雑念も少なくなってゆくのだ。