2025-02-15 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第三 見牛
序
従声得入、見処逢源
六根門著著無差、動用中頭頭顕露
水中塩味、色裏膠青
貶上眉毛、但非他物
声より得入(とくにゅう)すれば、見処(けんじょ)源に逢う
六根(ろっこん)門 著々(じゃくじゃく)差(たが)うこと無し、動(どう)用(よう)の中頭々(ずず)顕(けん)露(ろ)す
水中の塩味、色(しき)裏(り)の膠(こう)青(せい)
眉毛(びもう)を貶上(さつじょう)すれば、是れ他物(たもつ)に非ず
頌
黄*枝上一声声日
暖風和岸柳青
只此更無廻避処
森森頭角画難成
黄(こう)*(おう)鶯枝上 一声声
日暖かに風おだやかにして岸柳青し
只此れ更に廻(かい)避(ひ)する処無し
森々たる頭(ず)角(かく) 画(えが)けども成り難し
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Step-2.心の作用の段階的な減少
景徳伝燈録に「隋照」という言葉が出てくる。
佛教語大辞典によれば「外境に心を束縛されること」とある。
つまり随照を解除する方法がわからないと、心の脱落は難しいということだ。
そこで「制感」を思い出して欲しい。
ヨーガスートラには、制感(プラチャーハーラ)によって「諸感管(五感)がそれぞれの対象と結びつかない」ようになり、「ついには諸感管に、最高の従順さが生ずる」とある。つまり外境に心を束縛されないようにするには、まず「諸感管を対象と結び付けようとする作為」(=集中)を排除すればいいのだ。