2025-04-10 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第四 得牛
序
久埋郊外、今日逢渠
由境勝以難追、恋芳叢而不已
頑心尚勇、野生猶存
欲得純和、必加鞭撻
久しく郊外に埋もれて今日渠(かれ)に逢う
境(きょう)、勝(すぐ)るに由(よ)って以て追い難し、芳(ほう)叢(そう)を恋(した)うて而も已(や)まず
頑(がん)心(しん)尚(なお)お勇み、野生猶(なお)存す
純(じゅん)和(な)を得んと欲せば必ず鞭(べん)撻(たつ)を加えよ
頌
竭尽精神獲得渠
心強力壮卒難除
有時纔到高原上
又入烟雲深処居
精神を竭(けつ)尽(じん)して渠を獲得す
心強く力壮(さか)んにして卒(にわか)に除き難し
有る時は纔(わず)かに高原の上(ほとり)に到り
又煙雲深き処に入って居(きょ)す
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真我を鎮める
得牛では、真我を身体の中府に鎮め安定させることが要求される。もちろん次の「牧」を可能にするための「得」でなければ意味がないが。そこで、真我を観てからどのようにそれを「得」るかを、ここでもう一度整理してみよう。
道元は言う。「仏性非大非小、非広非狭、無福無報、不死不生」(「正法眼蔵・仏性」)。
仏性は大に非ず小に非ず、広に非ず狭に非ず、福無く報無く、不死不生なり、としているが、これはカタ・ウパニシャッドの考え方と酷似している。(以下「世界の名著」第1巻より)
「聡明な者(アートマン)は生まれもせず、また死にもしない」、「この太古以来のものは、不生、恒常、永遠であって、たとえ身体が傷つけられても傷つけられはしない」、「原子よりもさらに微(ちい)さく、大きいものよりもさらに大きいアートマンは、この世の被造物の胸奥におかれている」