2025-04-16 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第四 得牛
序
久埋郊外、今日逢渠
由境勝以難追、恋芳叢而不已
頑心尚勇、野生猶存
欲得純和、必加鞭撻
久しく郊外に埋もれて今日渠(かれ)に逢う
境(きょう)、勝(すぐ)るに由(よ)って以て追い難し、芳(ほう)叢(そう)を恋(した)うて而も已(や)まず
頑(がん)心(しん)尚(なお)お勇み、野生猶(なお)存す
純(じゅん)和(な)を得んと欲せば必ず鞭(べん)撻(たつ)を加えよ
頌
竭尽精神獲得渠
心強力壮卒難除
有時纔到高原上
又入烟雲深処居
精神を竭(けつ)尽(じん)して渠を獲得す
心強く力壮(さか)んにして卒(にわか)に除き難し
有る時は纔(わず)かに高原の上(ほとり)に到り
又煙雲深き処に入って居(きょ)す
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<参考> 中空の竹
「体においては何もせずしてくつろがせ 口を堅く結びて沈黙を守り 心を空しくして何ものをも思わざれ
中空の竹のごと、汝の体をゆったりとくつろがせ 与えずまた取らず、汝の心を休ませよ マハー・ムドラーは何ものにも執着せざる心のごとし かくのごとく行ずるによりて、やがて汝はブッダフッドに到らん」
(「チベットの偉大なヨギー ミラレパ」)
「私は神の手が触れる竪琴になれるのだろうか?それとも横笛となって、そのなかを神のひと息が駆け抜けていくのだろうか?」(「預言者の言葉」)
これらは「祗管(中空の竹)」や「虚」の境地そのものだ。機会があったら一度両書を手にとられるといい。静かな泉の畔りに佇み、その澄んだ水に触れるような味わいがある。この中空の竹だが、技術的には結構難しい。そこで、参考になるヒントをひとつご紹介しよう。
「静かな心で、開かれた待つ魂で、執着を持たず、願いを持たず、判断を持たず、意見を持たず聞き入ること」(「シッダールタ」)
このヘッセの言葉を時間を掛けて一つひとつ思索し、全身全霊で味わって欲しい。私は、ここに観照の極意があると思う。