2025-04-25 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第五図 牧牛
序
前思纔起、後念相隨
由覚故以成眞、在迷故而為妄
不由境有、唯自心生
鼻索牢牽、不容擬議
前(ぜん)思(し)纔(わず)に起これば、後(ご)念(ねん)相(あい)随(したが)う。
覚(かく)に由(よ)るが故に以(もっ)て真となり、迷(めい)に在るが故に而(しか)も妄(もう)と為る
境(きょう)に由って有(う)なるにあらず、唯(た)だ心(しん)より生ず
鼻(び)索(さく)牢(つよ)く牽(ひ)いて擬議(ぎぎ)を容(い)れざれ
頌
鞭索時時不離身
恐伊縦歩入埃塵
相将牧得純和也
羈鎖無拘自逐人
鞭(べん)索(さく)時々(じじ)身を離れず
恐るらくは伊(かれ)が歩を縦(ほしいまま)にして埃(あい)塵(じん)に入らんことを
相(あい)将(ひき)いて牧得すれば純(じゅん)和(な)なり
羈(き)鎖(さ)拘(こう)すること無きも自ずから人を逐(お)う
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振魂の神事
③は、②をたくさん経験することが前提だが、五気を使って身体の中府から真我を自力で出し、前方へ向けて動かすことになる。一旦真我を体の前に安定させてから、光輝系の五気で押し出すようにすればいい。2メートルくらい動かせば充分だ。
真我は動かすことで力を増す。例えば神道にも振魂という方法があり、握った手を勢いよく上下に動かすことで、真我つまり一霊四魂を「振」り、働きを高めようとする。これは神道や合気道などで広く採用されている。また神社のお祭りで、御神体を納めた御神輿を皆で担ぎ、威勢よく振るのを各地でよく見かけるが、これなども広義の振魂と言っていいだろう。
だが、真我(一霊四魂)は無形であるため有形である肉体には拘束されない。もちろん御神輿も同じ構図だ。だからどんなに身体や御神輿を振り動かしても、効果の程は疑問だ。もっとも宗教的信仰として行なうというならば、それなりに意味があるとは思うが。
「(アートマン)はすわっていながら遠くにおもむき、臥していながらあらゆるところに至る。歓喜でも非歓喜でもあるその神を、わたし以外のだれが知ることができようか。」
カタ・ウパニシャッドにもこのように真我の運転活用についていろいろ書かれているが、これはいわゆる幽体離脱ではない。離脱させるのは真我であって幽体ではないし、そもそも幽体離脱などウパニシャッドでも古神道でも無視している。