一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-193

2025-04-23 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章    第五図 牧牛


序
前思纔起、後念相隨
由覚故以成眞、在迷故而為妄
不由境有、唯自心生
鼻索牢牽、不容擬議

前(ぜん)思(し)纔(わず)に起これば、後(ご)念(ねん)相(あい)随(したが)う。
覚(かく)に由(よ)るが故に以(もっ)て真となり、迷(めい)に在るが故に而(しか)も妄(もう)と為る
境(きょう)に由って有(う)なるにあらず、唯(た)だ心(しん)より生ず
鼻(び)索(さく)牢(つよ)く牽(ひ)いて擬議(ぎぎ)を容(い)れざれ

頌
鞭索時時不離身
恐伊縦歩入埃塵
相将牧得純和也
羈鎖無拘自逐人

鞭(べん)索(さく)時々(じじ)身を離れず
恐るらくは伊(かれ)が歩を縦(ほしいまま)にして埃(あい)塵(じん)に入らんことを
相(あい)将(ひき)いて牧得すれば純(じゅん)和(な)なり
羈(き)鎖(さ)拘(こう)すること無きも自ずから人を逐(お)う
 

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透体脱落


①は、”傍らに坐る”だけでいい。

だが皮膚脱落ができていないと効果は薄い。師が放つ禅定の神気の波は、師を中心として同心円状に拡がってゆく。傍らに坐る弟子達は周囲の空間が波立ち歪んでくるのをはっきりと感じるだろう。そこで、”これが神気の波か”と喜んでしまうと、折角の皮膚脱落が崩れてしまう。だから淡々と、窓を開け放って清涼な風を部屋に取り入れるように、皮膚脱落を保ったまま、自らを透体と化してゆかなければならない。


透体とは、文字通り”透明な体”を意味する。

そして透体脱落と言えば「全体を突き抜けてすっかり脱し切ってしまうこと」であり、また透脱とは「通り抜ける。突き抜ける」、「なにものにも束縛されない自由な状態」をいう(以上「禅の思想辞典」)。

 

従って師から放たれる神気の波が、皮膚脱落により空間に融け込んだ自らの全存在を透過してゆくことが望まれる。
 


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